2012/06/18

1年後ロングインタビュー

フィリピン、マニラでのインターンシップから約1年。
お世話になった海外インターンシップ斡旋NPO「AIESEC」の学生スタッフからインタビューを受けました。
以下は、その記録。


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インタビュー協力者:Tomo
日時:201269日 午前1100分から1215
録音時間:1時間1525
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目的:海外インターンシップで得られる将来につながるものが何か、それはインターン中のどの経験から得られるものなのか聞き取る
インタビュー時の状況:
Tomo:現在、総合政策学部の4年生。20118月から6週間、フィリピンのビジネススクールにてインターンシップに参加していた。
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※一部加筆修正アリですが、基本的には話した音声そのままのため、読みづらい点が多いです。
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Tomo(以下T: じゃあよろしくお願いします。
インタビュアー Mさん(以下M: よろしくお願いします。今日は、テーマが海外インターンシップで得られるものが何で、その何かは、海外インターンシップっていろんな要素があると思うんですけど、その要素のどこから得られるものなのかってのを詳しく聞きたいんですよね。読ませてもらった、JWI、
T : JWI、
T : ああさらに、JWIの友達がインタビューしてくれましたみたいなやつだよね。
M:はい、獨協大学の。
T : はい、そうですそうです。
M:それを、もとに聞いていきたいかと思っているんですけど。
T : はい、じゃあもうどんどん聞いてください。具体的に。





M:ありがとうございます。インターンシップ前の気持ちとインターンシップ後の気持ちに違いがある訳なんですよね。
T:もちろん。
M:はい。それが、最初は世界を舞台に貿易や海運をやりたいと思っていらっしゃったんですか。
T:はい、まあそうですね、うん。いや貿易や海運って絞っていたわけじゃないんですけど、あの、ただ単に、ゼミで、グローバル経営っていうのを勉強しているうちに、まあ自分もグローバルに働くビジネスパーソンになりたいってそれぐらいの夢しか持ってなかったんですね。漠然と。なので、じゃあグローバルに働くってどういうことだろうって思ったらじゃあ、貿易かなと。船で日本と海外をつなぐから海運かなみたいな、ほんとそれぐらいの夢で、海運を特にやりたいわけでは別になかった。グローバルに働くための手段としては、まあ貿易か、じゃあ貿易ってところから派生してまあ海運みたいな、そういう感じでしたね。
M:なるほどじゃあ、イメージって感じがあったんですかね。
T:もう全然漠然としたイメージです。はい。
M:ああでもグローバルに働きたいと思った経緯というと、勉強していらっしゃったことがそれに関連していたからですか。
T:そうですね。勉強していた内容が面白かったので、それを自分も実際に、まあ実際にやりたいっていう、思ったのかな。やっぱりグローバル経営っていうのを主眼に置いているゼミなので、いろんなもちろん経営のやり方はあるけれども、まず主眼として、第一前提として、うちらはもうこれから、市場としてしぼんでいくから、企業は絶対に海外に進出して、そこでさらに強くなって行かないと成長はない。もう海外に行かないと終わっちゃうみたいな極端に言えばそのくらいの勢いで研究を進めているようなゼミだったんですね。
T:で私もまあよく言えばそれに影響されて、やっぱりそうだよな、とか、これからのビジネスは海外だよな、とか思うようになって。で、それを思ううちに、海外にこれから展開していく海外戦略っていうのをさらに考えようとか海外展開戦略を調べたり、うちのゼミではそこまで細かくやるのね。それをやっているうちに、自分もこれを考えてみたい。実際にそれをやりたい。と思ったし、これから日本の企業が強くなっていくために、やっぱり日本って震災もあったし、日本がすごい落ち込んでいる中で、日本の国内だけでがんばるよりかは海外でお金を稼いできて、とか、また日本の力、存在感を世界の中で強くするっていうのを、やりたいかなって思ったので。海外とつながるビジネス、日本の企業を海外に出していくようなビジネスっていうのがしたいなって思いました。はい。


M日本の企業を海外に出していく
T:そうですね
M:それは結構最後の方に感じたことっていうふうに
T:そうですね。それは、そうだね、最後の方はもちろんそうだったんだけど、そうだな日本の企業を外に出していくまでは考えてなかったかも。ただ単にじゃあ海外と関わるビジネス、海外展開とかをしたいな、でもただ単に海外展開をしたい、それくらいでしたね。確かに。だからその時は、絶対日本企業とか、絶対に外資っていうのはとりあえずなかった。外資、行けるもんなら行きたいけど、っていう感じ。そんなに自信がなかったから。でもまあ海外展開を勉強していたので、そのまま大人になってもやりたいな、と。実際に机上の空論じゃなくて、実施する人になりたいって思った。それくらいはあったかな。行く前も。
M:そこに海外インターンシップというものが現れるんですけれども、報告会、ああ、LCMとかでも言ってもらうのは、自分の将来の職業と、今の自分というものにギャップがあるから、それを埋めるものとして海外インターンシップに行ったっておっしゃっているじゃないですか。
T:そうですね、はい。
Mそこの埋めるものとしてってことは、具体的にはどういう能力を身に付けたくて、いかれたんですか、あ、行くっていう風に決めたんですか。
T:はい、えっとそうですね、まずは、海外で働くことっていうのを経験してみたかった。なぜかというと、まず私がその海外経験というのがほとんどなくて、海外と関わる関わるとは言っているけれど、実際に国内で貿易取引とかするんじゃなくて、もういっそのこと現地法人に行きたいっていう風には考えていたし、ただ、でもそれは私の中ではほんとに夢みたいなもので。なぜかというと海外というのは、バックパックですらなく、ふつうに家族旅行と修学旅行でしか行ったことがないから。自分は本当にそんなことできるのかなっていう疑問もあったし、自分を試したかった。
M:あー、自分を試したかった。
T:そう、自分を試したかったし、就職活動っていうのを考えちゃうとその実際にできるっていうことの証明としても行ってみたかった。あなたそんなに海外行きたい行きたいって言ってるけどほんとにできんの?だってそんなのないじゃん、みたいなこといわれる、やっぱそういう言われ方されるっていうよりかは、出来ますっていうことをアピールするためにも、行って何とかしてやろうっていう気持ちで行ってきましたね。でそれが第一でしょ
T:でもう一つは、そうだな「海外で」、もそうなんだけど、「海外の人と、やりたい」っていうのもあって。現地人っていうのはもちろんなんだけど、それよりも第一にあったのは「多国籍なメンバーでできる」っていうのはすごく面白そうだなっていう風に思った。それはこれからビジネスの場面でも、例えば日本の会社から現地法人に行ったとしたら現地の人と関わるかもしれないけど、それこそほんとに社内がグローバルです、みたいな外資系企業とかをイメージしてほしいんだけど、同じ会社のフロア内に日本人もいればアメリカ人もいて、白人黒人中国人もいる、そんな中で働くときに、なんだろう、言葉の違いはとりあえず脇に置いておいたとして、文化の違いとかで、ビジネスのやり方とかも違ってくるよね。それをどう受け入れるかとか、えっと、お互いを理解してやっていけるかみたいな、ことも、
T:私は「グローバルビジネスです!」って勉強していたけれども、本当にそんなことできるのかっていうのかな。疑っていたというよりかは実際に自分で試してみたいっていう、自分で実際にやってみたい、それを一歩でも早くやってみたかった、そういう力がないと、やっぱりその、夢だけ?こうなりたいなりたいっていう気持ちだけでは、就職活動の時は、「やりたいやりたい」「わかったわかったやりたいんだね」、で終了じゃん。そうじゃなくて、『やりたい』じゃなくて『できます』っていうアピールがないと、自分が本当にやりたいことができる会社には入れないかなって、思ったので。そうだね、少しでも『できる』を増やしていこうと思ったんだね。重ねていうと。
T:だからまとめていうと一個目が「海外で」。2個目が、「多国籍の人と」。「海外の人と接する」っていうのがやりたかった。で、もう一つは、ありがちだし、そこまで優先度は高くないつもりだったんだけど、英語の能力を伸ばしたいっていうのがあって。語学学校に行くわけではないから、飛躍的に伸びるとは思わなかったんだけど、やっぱりそれでも、私も国内にいる人だから英語で話すなんてしないから、英会話をするってだけでも結構伸びるんじゃないかなあとか。会話が伸びるんじゃないかなって思ったんだけど、正直な話、すごく向上したかっていわれるとそんなに向上しなかった。
M:ああ。そうですか
T:ゆってねえ、まあ六週間弱だったし。うーんどっちかっていうと、ちょっとあたしの英語力がいかんせんなかったので、みんなの言っていることが7、8割理解できたとしても自分の思っていることは半分言えるか言えないか、みたいな。で、ちょっとそれで、ひいちゃって、うまく、こう出来なかったことが多くて、それが大きな挫折なんで、これ聞きたかったら後で聞いてください。
T:それくらいかなあ、その三つ。あと海外で、のところをもうちょっと強調すると、海外で生きていくタフさっていうのは何なんだろうみたいに思って。心の強さとか体の強さとかもあるだろうし。私は、正直言って体はあんまり強い方じゃなくって、すぐに頭痛くなったりとか、なんかまあ普通にだるい子なんだけど、そんなねえ、口では言ってるけど出来るの?みたいな。精神的っていっても、性格はまあさばさばしている方なんだけど、実際、高校生の時に学校に行くの嫌になって一ヶ月くらい、半分不登校みたいになって親を困らせたこともあるし。
T:ほんとにこれから、途上国ビジネスっていって、アメリカ、ヨーロッパよりかは東南アジアとかに進出していく会社とかも多いから、やっぱりアピールっていうかそうだな、私は、アメリカ留学して英語ペラペラですっていうそこまでのハイスペックじゃないから、どっちかっていうとそういう泥臭いところに行くタイプだろうなって、自分を客観的に見て思ったの。それだとやっぱりタフさっていうのを身に付けないとなと思ったので、なので特に、そうだね、お金のこともあったけれども「途上国に行きたい」と思った。ヨーロッパに行きたいとは一ミリも思わなかったかな。最初っから。まあ、そんな、そのくらいかな。今ぱっと思いつくのは。
M:そうですねー、そうですか。けっこう最初から動機がすごくはっきりされていますよね。
T:そうですね。


M海外インターンシップっていうイメージがちゃんんと持たれていたんですか。
T:そうだと思います。実は、Rくんっていうのが同じ学年にいるんですね。
M:ああー、あそうなんですか
T:はい、彼が、実は中学校から一緒で、大学も学部まで一緒でびっくりしちゃったんだけど。彼はアイセックに入って、で「海外インターンシップって面白いのあるよ」とか「Tomo 海外に興味あるんでしょ」って言われて、「ああいいねーなんか面白そう、じゃあ次の春休みね」「次の夏休みね」って延ばし延ばしにはしていた。でもそれなりに気にして、どういう団体なのかなっていうのは、なんとなく一年生の時から知ってたから、だからまあ、そうだね、面白い経験できるのかな、くらいには。思ってました。はい。


M海外が昔から好きだったっていうことなんですけれども、なんか親しみがあったとか、なんか好きだった理由ってのはありますか?
T:えっとね、好きだった理由っていうか
M:とくには、
T:あ、一応あるかな。英会話をやっていたんですよ、小学校二年生の時から。で、まそれは最初っからはなすとそれこそあの、なんか習い事したいっていう子供なりの願いから始まって、親にピアノか、水泳か、英会話とかがあるわね、って言われて。じゃ、英会話。クールじゃん、って。英会話教室に週一で通って、で、そこの英会話っていうのが夫婦でやっているような、地域に根付いたやつで。旦那さんがフランス人で奥さんが日本人っていうところでやっているようなよくわからない、
M:確かに、英語に関係ないかもしれない
T:そうそう。中学生かか高校生になるくらいにあれなんかおかしいなってやっと気づいたんだ。あ、でもね、すごくきれいな英語だったから、変ななまり全然つかなかったと思ってるんだ。それがあったから、英語で、話す、レベルは大したことないけど外国人に話しかけるみたいなそういうガッツっていうか、どうにかなるっていうものは持ってたんですね、昔から。もちろん先生もね、日本語もわかるし、なんかすごい理解してくれてたっていうのはあって、だからそれがあって、私なんか福島とかだから、全然地方の子だから小学生で英語習ってるとか言ったら、すごいじゃん英語習ってんの、とか周りから一目置かれて。じゃあ、私はグローバルになるとか言い出して。昔から言ってて、外大に行きたい、とか、それこそ外交官になりたい、とか。英語は中学生の頃も得意で、毎回満点に近いくらいとっちゃう、ちょろいわよ、みたいな感じだったんだけど、高校で、受験英語っていうか挫折みたいなのが来て、あんまりすごい出来る子ではなくなっちゃって。英語への熱意を失ってしまった。ただ、昔っから英語英語、外国外国みたいなことを言っていたから、総政ってところにも落ち着いたし、なんとなくは意識し続けてた。
T:ただちょっと英語…語学っていうツールに関して、あまり熱心にやらなくなってたから。大学一年生の時には「使ってるけど、これホントに将来使うのかな」とか、「これ使って私ほんとに外国でなんかしてるのかな」みたいな、イメージしようとも思わなくなってた。で、なんかぼんやりしてたんだけど、ゼミでそういうグローバル経営みたいなのを勉強して、実際にそれをやってみたいなって思って、ああやばいやばい、この一年でどうしようって、そういう感じでしたね。


M:じゃあちょっと、戻ってインターンに行く前の動機について、網羅的に聞いていきますね。
T:はい。
M:海外が、海外経験を積みたかったていうのはもちろんありますね。
T:はい。
M:あと、何もわからない場所に飛び込んでみたかったからっていう気持ちはありますか?
T:もちろんあります。
M:ああ、やっぱりものとか、今まで自分が築いてきたものを置いていくような経験だと思うので、いきなりこう、身一つで、フィリピンに行くというのは。
T:そうだね、それは行ってから気づいたかな。私が通じないっていうか、それこそもうバックグラウンドが何も通じない。中央大学の総合政策学部ですとかってなんにも通じない。こいつは何なんだ。おまえは何を考えている、今何を考えているんだってそういう状態で、もうびっくりしたね。びっくりしたっていうか、ショックだったっていうか、ああ大変だなって思った。帰国して、同じ時期にインターンシップ行った人たちで、どうだったか、っていう話をして、「海外インターンシップとは自分の身一つで挑戦する機会だ」っていう男の子がいて、まさにその通りだと思いましたね。行く以前は、ただ単に「未知に飛び込む」っていうイメージだけは持っていたかな。未知に飛び込む。それだけだった。


M特別な経験をしたかったからっていうのはありますか?放送研究会とかにも所属されて
T:はい、やってます、やってました。
M:いろいろなものに興味を持ってやっていく中で、その興味の中の一つとして海外インターンシップっていうのがあったと思いますか?
T:そうですね、興味の一つかな?
M:特別な経験
T:特別な経験をしたい、人と違うことをしたいっていうのは昔からあるかな、もしかしたら。だったらもういっそフィリピンとか行っちゃう?みたいな。まあ、特別もあるし、就活、ごめんね、絶対これが念頭にはいっちゃうんだけど、差別化っていう意味でほしいかなと思って、例えば英語ができるだけだったら、三年生の夏にカナダの語学学校にもう2か月間留学してTOEICが800点になりましたっていうよりかは、TOEICはまだ700点台なんですけど、フィリピンでガッツでやってきましたっていう方が印象にも残るし、人と違うこともやってる。他人と比べた時に、すごくプラスにはなるかなと思って
M:確かにそうだと思うんですよ。
T:そうですね。
M:確実にそうだと思うんですよ。
T:やっぱり覚えてもらえるから。この間も、内定者懇親会みたいなのがあったんですけど、私が一度もあっていない人事部長の方が来て、でその人が、私のこと、名札を見て分かったらしくて「あ、Tomoさん」「あ、こんにちは。よろしくお願いします」みたいなこと言ったら、「あれだよね、なんか外国行ってたんだよね。そうそう、なんかエントリーシートがすごい独特だったから覚えてるよ」なんて言ってもらえたの。就活ではすごく面白い経験に映るんじゃないかな、海外インターンシップそのものは。


M国際問題に興味はありましたか
T:国際問題に興味、あのねえ、ゼロじゃないけど、そんなに無かったです。正直。私は、海外ビジネスが、ってそれだけでしたね、行ったときは。「貧困とか、やっぱあるよねー」程度の気持ちで。3年の前期に東南アジア経済論と文化論とかの授業はとったかな。フィリピンに行くって決まったし。で勉強してみて、やっぱり格差あるよね、とか、ゴミ拾って生活してるんだ、あ、でも経済はこれからすごい伸びるんだ、とか思ったけど、でも「やっぱりね」、みたいな。勉強しているときはその程度だった。やっぱり実際に見るのとは衝撃度が違うね。
M:そうですか。他のインターン生も正直ないって感じなんですよ。それで普通なんですけど、
T:ないないない、私はなかったです。


M:最初はマレーシアでも迷った
T:迷った、あれはねえ
M国は何でもよかった?
T:国はマレーシアだろうがフィリピンだろうがよかったんだけど内容がね。内容が全然違ったからね。フィリピンはもう結構ビジネスよりなんだよね、開発系インターンシップのカテゴリでも。そのビジネススクールで、現地のこれからビジネスしようとしている人たちに対してアドバイスしたりとか一緒に考えたりだとか、っていうものだった。一方で、マレーシアの団体の研修内容はエイズの啓蒙活動。これも大事な社会問題なんだけど、特に当時の私は、「まあ、大事なことだけど、それが何?みんなで集まって、エイズ怖いよ大変だよ、って教えるの?教育?」って、ほとんど興味がなくって。ただ、そっちの方がアプライっていうのかな、おいで、みたいなのを早い時期にもらって。で、フィリピンの方は結構厳しかったのよ。SRBシート(AIESECへの願書)みたいのあるじゃん。あれをさらに難しくしたようなやつを英語で書いて送ってこいとか言われて。「なんでフィリピンなのか」とか「あなたは開発経済についてどうおもうか」とか「あなたがこのインターンシッププログラムに対して貢献できることは何か」みたいなのをすごい書かされて。大学のレポートみたい。もうどうしようかって思ってて、一回面接した時も英語がすごくたどたどしくなっちゃって、もう絶対無理だ。ここに私いけない。私、低すぎる。もう無理無理無理。って、専攻のステップまだ残ってたんだけど、「私ここどうせ無理だし、もう私マレーシアに決めたい」みたいな弱音を吐いた。マレーシアと「迷った」っていうよりかは、自分のやりたいこととか自分の夢を考えると絶対確実にフィリピンだったんだけど、どうにも自信ない状態だったんです。


M:そこで、英語を磨こうと思われて、なんか渋谷?に行かれたとか
T:笑 そうです。渋谷のハブ?外国人が多いHUBに行こうって誘われて。行ったら、丁度サッカー観戦で混んでて。でも、悔しいから海外チックなところに行こうって、たどり着いたのがポーランド人のポーリッシュバー。日本語とポーランド語しかしゃべれないマスターと、日本語と英語とポーランド語が話せるお客さん。しょうがないからそのお兄ちゃんと英語でしゃべってた。なんで日本語でしゃべらないのって言われて、いや、ちょっといいから英語で話そうよ、みたいなのはありましたね。そうやって気を使ってくれたEPマネ(AIESECの担当マネージャー)Yは今も仲がいいです。


M自分の能力を試すためっていうのはもちろんありました?
T:自分の能力を試す、試す。ああ、私はどれくらいできるのかみたいな。うん、試す、そうだね、試す、だろうね。貧困ビジネスは勉強不足だったけど。ビジネスを勉強していたから、向こうでアイディア求められたときとかに、こうしたらいいんじゃない、みたいな勉強の成果が活かせるんじゃないかとは思ってた。
M:あ、じゃあ自分の勉強を生かすためっていうのもありますね。
T:いかすため、ああ、活かせるだろうとは思っていった。
M:活かせるだろう、
T:うん、私がここに行ったら、ただ英語はできるけど文学部だった人よりかは、なんかできんじゃないかなとは思ってた。
M:もともとそういうことを勉強されてて、それが本当に使えるのかっていうのは思っていたことですもんね。
T:そうだね、うん、


M将来の目標がはっきり決まっていたというわけではありますか?
T:うーんまあ私の言うはっきりではあったのかな。像といえばぼんやりではある気がするんだけど、でもはっきり海外ではたらきたい、グローバルになりたい、とは。だからそのために、多国籍の人とやりあえるっていうそういった能力が必要なのは明らかで。あとなんだろう、自分の中の受容性とか価値観とかっていうものをいろいろ受け入れて、自分の心の幅を広げるとか、その中で臆さないようになりたいっていうのはあったから、それなりのはっきりとした感はあったと思います。人によっては、それははっきりしてないよねっていわれるかもしれないけど。ぼんやりとした夢だけど、それのためのはっきりとした目標、これは絶対に手に入れなくちゃいけない、っていうのは持ってた。


M:インターンに行く前の意識はここでいったんおきまして、ここでいったん終了という形にしまして、あとはインターン中をとんで、インターン後についてお聞きしたいんですよね。そこで結局どういう意識になったのかっていうのをお聞きしたいと思います。インターン中の経験については何度も何度も話していると思うんですよ。LCMでもそうですし、報告会とかJWIでも、あとAPXLDSも東日本大震災関連でいかれたとか。ほんともうありがとうございますとしか言いようがないんですけど、まあなんか話として確立されていると思うんですよね。ただ、まあ今回の場合は思いついたままにつらつらといっていただければいいかなと思ってます。無理やり結びつけるんじゃなくて、こういうこともあったなーでもこれって何に関係しているんだろうっていうぼやっとした思いでも、言っていただければ、大丈夫ですので。
T:ありがとうございます。

M:で、考えたことがフィリピンの生活を安いものとか、日本の技術を導入することでなんか満たしてあげたいということが
T:で、そのためのやり方としてはまず日本製品を売るってのは思いついた。でも、考えが変わって、結局はその場の人、現地の人がお金稼げるようにならなくっちゃ、底上げにはならないだろう。与えられているだけだと。与えているだけの企業、外資っていうのは、いつでも税金が上がったりとか治安が悪くなったらすぐに撤退できちゃうし、するから。企業にとってはいいけど。そうじゃなくて、地元の人たちが地元の人たちでビジネスを作っていって、それで強くなってほしい。で、何かあった時は自分たちの力で強くなるし、自分たちがやってるっていう誇りにもなるから。下請けで、日本とかアメリカの人たちが来て自分たちは工場やってます、で、それなりの給料はもらえるけどっていうよりは、自分たちの力で何か起こして(生みだして)ほしいな、自分たちが立ち上がらなくちゃいけないな、と思って
T:じゃあ、日本企業に入るであろう自分はどうするべきか。最初に思ったのは、中間のものをBtoBで売って、でその人たちがその製品を使ってまた新しいものを作るっていうそのやり方が面白いんじゃないかって思った。なので、就職活動は、(結果としての内定先は違ったけど)、化学メーカー、機械部品メーカーを。最終製品の手前のものだよね。そういうものを、凄く高い技術力で高付加価値のものを作る。それは日本企業の誇れる魅力だから。そういったものを途上国の人たちに売って、そのひとたちがそれを使って、価値あるもの、最終製品を作って売れば、日本の企業としてはこの会社に売って儲かるし、この会社もそれを自分の国の人とか別の国の人とかに売ってすごい儲かるってなったら、それがいいなって思ったので。なんていうの?BtoBで現地の人にものを売る?そういう会社に行きたいなって思った。そういうやり方が、私にできるやり方なんじゃないかなって思った。


M:こう、底上げしたいって思ったのは、やっぱりインターンシップ中の生活を見て、ですか?
T:そうです、ね。そうです。特によかったなって思ったのは、そのインターンシップのプログラム内で、ビジネススクールがサポートしてる貧困層の人たち、これからビジネスしてこうとしてる人たちの家に週に一回ホームステイするっていうのがあったのね。で、そこのホームステイがあったから、底上げしたいって考えるようになったの。似たような環境の家庭はフィリピンでは沢山見るよ。その上、ストリートチルドレンも見るし、ホームレスもいっぱいいる。ただそこに自分が実際に行ってお世話になって、そこで食事してそこで寝てっていうのを結局週に一回で合計で5回やったっていうのは大きかった。
T:で、なんでかっていうとそれ、あ、こういう生活をしている人がいっぱいいるのか、と実感を持って理解できた。一方で、起業家養成学校に通ってる子たちっていうのはそういった家庭からきている子もいるんだけど、あの、「起業家養成」学校っていうくらいだから、「親がビジネスしてるんだ」みたいなボンボンのお金持ちもいっぱいいるんだよ。それこそ、一人、二人くらい例を挙げると、一人は「うちの親せきで島を何個か持ってる」、とか「家に車が7台くらいある」とか、7台あって何に使うねん、みたいな。ほんとにね、日本人の想像を超えるくらいのボンボン。なんていうかね、そのすごい格差があるのよ。フィリピンってたしかに、貧困層が八割で、中間層が十数パーセントで、富裕層のリッチマンが数パーセント、みたいなこといわれてるんだけど。まあマニラっていう大都市だったから、貧困層もみたし、リッチマンも全然いたから、すっごい格差はあるなって自分の目でハッキリと見れた。
M同じビジネススクールの中で
T:うん。ビジネススクールの中でもあった。実際に私がホームステイでお世話になった地区の家からも通っている子がいて。その子も貧困家庭の住居、住居が密集しているようなところ、まあスラムっていうほどでも、いや、人によっちゃスラムっていうのかな。私は別にそこに住んでる人たちが、そんなに悪い人そうじゃなかったから、特にお世話になった人たちはね、だからスラムって呼びたくないんだけど。そこの子が何で学校に通えているのかは聞かなかったしわかんないんだけど、もしくはその家族が頑張ってお金出して行ってるのか、何かがあるのかはちょっとわかんないんだけど、とにかく、学生にはそういう子もいるし、一方で、家に七台車があるなんて子もいるし、「パパがアメリカ人でママがフィリピン人、家では英語しかしゃべんねえよ、タガログ語?タガログ語が第二外国語みたいなもんさ。Hahaha」で、家には馬鹿でかいホームシアターみたいなのがあってみたいな、ははーんて思う子もいる。日本だったらさ、いるよ、いるよ?假屋崎省吾とかイッコーさんみたいな、なんかすごい家の人とかいるけど、いてもさ、その幅がさ、狭いじゃん。貧乏って言ってる人も「まあそこそこ貧乏」だし、お金持ちもいるけど、話にならないくらい金持ちみたいな人って、世の中にはいるけど、そんなに関わらないでしょ。でも、フィリピンでは一気に関わっちゃったから。
T:フィリピンにいて、こりゃすごいな、なんでこんなにも裕福な人たちがいて、一方ですごい貧乏な人たちがいて、なんでこの人たちはこういう生活なんだろうな、何がこんなに格差を生むのかな。いわゆる、日本人から見たら「貧乏だなあ」「途上国の人だなあ」みたいな人は沢山いるのよ、いるんだけど、日本人をはるかにしのぐようなリッチマンもいて。もちろん一番あの国は政治がうまくいってないから、そういう意味で富の再配分だよね、それがうまくいってないからこうなるんだろうと。それはすぐにわかったんだけど、ただ私は政治にかかわってどうにかしようっていうつもりはないし、それこそ日本人がフィリピンの政治に介入するっていうのはお門違いだと思うし、そうじゃなくてフィリピンも、フィリピンに似たような環境の周辺の途上国に対しても、自分がどうアプローチできるかって考えたときに、やっぱりビジネスかな、で、さっき話したBtoBのやり方がいいなって思った。そこの国の人たち自身が儲かる。


M:その格差がすごいっていうのは、ここで、日本で勉強しただけじゃだめですね
Tだめですね。おんなじことなのかもしれないけど、『富裕層は全体の10パーセントです』って誰かに言われても、私はやっぱり「ふーん」で終わるから。それを実際に自分で見て、体験しないとその後の行動に結びつかないと思う。知識があって、「大変なんだ、じゃあ動こう」は、難しくて。そうなれる人はいると思うんだけど、私っていうかたぶん、多くの人はなれないと思うんだよね。アフリカで子供が、一分に一人死んでます、とか言われても、「大変だね」で終わるじゃん。それを見て、経験したら、「動かざるを得ない」みたいな心意気になるし、見ちゃったんだから自分は、みたいな。だから、行かなかったら、その後につながらなかったとは思いますね。まあ行かなくても多分私なりには人生を歩んでるんだとは思いますけど。


M:そうですか、ってことは、最初は自分の成長のためという目的意識
Tもちろん
M:もちろんそうだと思うんですけど、
T:もう、自分のために行った
M:あ、誰でもそうだと思うんですけど。国際問題に関する関心は、少ないといった状況だったけれども
T:少なかったです。
M:今、その、あー、今お話しされていたのはいわゆる国際問題じゃないですか
T:そうだよね、それの一つだと思います。
M:やっぱりそれの意識の変化っていうのはあるんですね。
T:ありました。
T:そうだねー、なんも考えてない人でも行ったら変わるんだろうなーっておもいますね。まあそれも人によりけりだとは思いますけど。

M:それは、日本とフィリピンを比較してってのはありましたか?
T:もちろんあります。私自身が日本の生活してる人間だからこそっていう視点はあって。なんだろうな、意外に、みんなが、貧困層みたいな暮らしぶりだったら、そんなに感じなかったかもしれない、正直。「フィリピンっていう国なんだなあ」っていう風に。「あ、これ途上国だ」って思ったんだけど。その中での格差っていうのを見ちゃったから、「あれー?」って思った。「なんでー?」って。でも私が行ったスラムの人たちでも、まだいいほうだと思うんだよね。家があって、屋根があって、水も出て、電気はちゃんと私の家庭では買ってたけど、大体の人は違法にとってたりしてね、電気をね。だからと言ってその人たちが底辺かって言ったら全然そうじゃなくって、ごみを拾って生活してる人もたくさんいるし、ほんとにもう乞食みたいな人もたくさんいるし。
M:ああそれは、フィリピンという国がそうだったりとか、あとフィリピンの人の考え方っていうのは感じましたか?
T:考え方かー、感じましたね。考え方ってすごく大事な、あ、でも、ちょっと前のことに戻って話したいことあったからいい?
M:あ、どうぞ、
T:あの、やっぱり、フィリピンの人たち、この人たちのことを今でもこういう風に思っているのは、向こうの人たちにお世話になったからだと思うんだよね。ただ単に旅行だったら、あんまり考えないかもしれない。考えても、それだけかもしれない。「大変なんだなー、途上国って」って思うけど。ホームステイをさせてもらったし、かけがえのない友達もできたし、っていうのがあったから、この人たちに恩返ししたいなーとか、この人たちの生活をよくしたいなーとか。人間関係をちゃんと持てたから、その国に対する愛着が、ぐっとわいた。人の関係とかがなくって、「ただのフィリピン」だったら、「途上国の割には、ビーチがあって意外ときれいなところだったよ」ってなると思うから。で、ごめん元の質問もう一回聞いていい?


M:えっと、フィリピンの人の考えを感じることはありましたか。
T:ありましたね、もちろん。それはまあなんだろうなあ例えば生活様式。ホームステイさせてもらった家、毎週行ってたホームステイ先は子供が四人、男の子が四人でお父さんお母さんくらいだったんだ。更にもうひとつ、車で六時間くらいかけて行ったところ、田舎の農家の家に二泊させてもらうみたいなプログラムがあって。学校が主催しているプログラムだから、いろいろやってくれるからほんと助かった、楽しかったんだけど。
T:そっちにいた時に特に感じたのは、フィリピン人って、ファミリーオリエンティド(Family Oriented)っていうか、その、家族とか親戚とかのつながりがすごい深いのね。田舎だからっていうのもあるかもしれないんだけど、個々の周りに親戚が山のように住んでるみたいな。でみんなお昼になると集まってきて。ほんとこの人たち家族好きだなあ、って。ファミリーラブ!!!みたいなのは、マニラに帰ってきて沢山の人と話してもやっぱりそうなんだなって感じるし。日本人はもうなんか全然家族より「友達大事」とか「仕事大事」とか「お金大事」、とかだけど、ほんとに「家族が一番」。「家族」に対する価値観っていうのがすごい違うんだなって思いましたね。

T:あとはうちのプログラムでは、木曜日は学校でのクラスルームレクチャー、フィリピン人の価値観を紹介する授業を毎週一コマ作ってくれて。フィリピン人っていうのはすごく家族を大事にしてます、とか、フィリピン人っていうのはすごく純愛です、恋愛が大好きです、「そういうこってこてなの好きなのねー」みたいな印象を受けたよね
T:あともう一ついうと、私がフィリピンに行くとき、海外に行く時に考えてたのはそれこそ「グローバルビジネス!」一辺倒な感じだったから、世界の経済っていうのはどうなっているのかな、政治っていうのはどうなっているのかなとか、それこそビジネス商習慣っていうのはどうなのかなって、かいつまんでは調べてたのね。歴史も勉強していったし、スペインに征服されてて、で次にアメリカに統治されて、みたいな。で、日本がちょっと入って、みたいなそういうのはやってたんだけど、まあ歴史は置いといて、経済がこうですとか政治がこうですとか、あとは生活スタイルっていうのがこうですみたいな全部そのフィリピン人の価値観っていうのがあるから、それが行動に表れて、結果そういう現象が起こるんだよね。なんていうのかな、私はその上澄み?の現象を調べていたに過ぎない。経済がこうだ、とか、フィリピン人っていうのはこうだ、みたいな。だけど、結局、根本っていうのは、フィリピン人ってこういう考え方してるんだ、とか、こういう風に日本人と違うんだな、とか、こういう風に日本人と違う価値観を大事にしてるんだな、っていうのを、もっと先に知ればよかったなって思って。それを知れば、もっとほかのことが、見れたんじゃないかなって。
M:あー。
T:わかるかな、ごめん
M根本にあるものだから、そこから派生するものとしてより理解しやすくなるってこと
T:そうそうそうそうそうそうそう、これが、わかってなかったら、大変なんだよ勉強するのは。フィリピンでは、家を売るときああいう風に売るんだ、とかそういう情報っていうのは勉強しても際限ないと思うんだけど、もしここの「フィリピン人の考え・価値観」っていうベース、大体のべースっていうのがわかれば、こういう人たちがいる、こういう文化があるっていうもっと根本を知ってたら、もっといろんなことを理解しやすかったんじゃないかと思って。それはすごく感じた。インターンシップ期間の後半になってから。フィリピン人と話してくうちに、ああ先にもっとこういうこと知っとけばよかったなって思って。そうすると、社会で実際に起きてる現象を、あ、なるほどなってすとんと理解できた。ただ単に「日本と違ってこうなんだ」としか考えてなかった。それをすごく感じますね。海外インターンシップだからなんじゃないかな、旅行だけっていうのだとね、期間も短いし。例えば語学学校だったら、カナダの語学学校に通う中国人と仲良くなってばっかりかもしれないし。まあ中国人と仲良くなっても全然いいけどね。やっぱり現地の人の言葉っていうのを長い時間かけて聞けるっていうのは、海外インターンシップのいいところなんじゃないかな。それを、今後も大事にしていきたいなと強く思ってて


M:その国の人の考え方の根本を知るというのは、えっと、次に多国籍に、のところに交じって、インターンにまた行かれたいっていう風におっしゃっていると聞いたんですけれども、多国籍にこだわるはなぜでしょうか
T:それはですね、Yから聞いてるの?先日、彼女には話したんだけど、「なんでもう一回挑戦したいんですか」と聞かれて、「いろいろあるんだけど、結局は私が一番リベンジしたいことがあって、それはあの英語もできなかったし、もう与えられることをちゃんとやるっていうことに精いっぱいで」、あ、与えられることに精いっぱいだったし、とりあえず私英語に自信なかったから、みんなが言ってること何とか理解してそつなくやれれば、くらいで、自分から何か提案とか思うようにできなかったのよ。思うことはあっても、なかなか説明するのに時間かかるしみたいな。私と関わるとめんどくさいって思われてるんじゃないかなって、相当ナーバスな気持ちにもなってたの。それがあって、ぐいぐいいけなかったのね。そういうのを何とか打破したいなっていうのがあるから、もう一度やりたいなって思って。
T:あと、現地の人だと、現地の人でもいいんだけど、多国籍だからこそ。だって向こうだってさ、英語ネイティブじゃないけどやってきた、育ってきた環境とかも様々だけど、それの中でやりあっているのに、なんか自分だけ、私まだ英語できないの、とか言って後ろに下がっているのが悔しかったし情けなかったから。多国籍の中で全然自信がなかった自分っていうのを変えていきたい、リベンジしてきたいっていう気持ちが強烈にあって。多国籍である理由っていうのは、前回が多国籍でダメだったから、っていうリベンジの気持ちもあるし、まあ多国籍だからこそ面白かったからね。論文を書いた時とか。私の国ではこうなんだよ、っていうやり取りがすごく面白かった。「あー、やっぱり中国人?」みたいなのね。それに、実際に自分も将来はいろんな国の人と協力しながら生きていくつもりだから、やっていきたいなって思ってますね。


M:やっぱ英語という気持ちが強いですね。
T:強いです、それで落ち込んだから、前回のインターンシップで。
M:そのあと海外で英語を勉強されたという風に書いてあった気がしたんですけどそのJWIのやつに
T:あーそうかなー、でもたいしたことない、大したことないっていうかそのフィリピンの国内で、ちょっと場所移って、向こうの語学学校に5週間いたってくらいなんですよ。フィリピン留学って今ちょっと流行ってるし、安いって噂だから。で、特に会話を重視してくれるって聞いたから。私、海外インターンシップで英会話のスキルが向上するかもって期待したけど、物怖じしてしゃべれなかったの。結構ね、キャラが違ったのよ。マニラにいた時は、ありえないくらい大人しいキャラ。でも、語学学校に移った途端楽しくて楽しくて、英語の能力自体そんな変わってないのかもしれないけどすごいおしゃべりになって。今みたいに。

M:なんですかねー、英語の能力じゃなくて、あ、ありましたね、能力ではない、英語において大切なこと、英語において大切なことは能力じゃなくて、なんですか
T:なんですか、え、なんだろう、度胸、心持ちだよね。インターン中、マニラにいた時は、周りに気圧されていたっていうか圧倒されてた。ちょっと、思ってたんだよ。海外インターンシップって、みんな多国籍だし、英語はそれなりにはできるけど、頑張ってコミュニケーションとっていくんだろうなー、なんて軽く考えていたらみんなペラペラなのね。みんなペラペラすぎて、私一人だけレベル違いすぎてへこんでた。フィリピン人も英語ペラペラだし。私、英語しゃべれなくてダメな子って思われてる。そういう思い込みも結構あった。それで、しゃべれなくなったね。できないのがさらにできなくなった。なんか変なこと言ったらどうしようみたいに思っちゃう。
T語学学校という環境では、先生は理解しようと、丁寧にうんうんってゆっくり聞いてくれるのね。マニラにいた時は、「は?今なんて言ったの?」って聞き返されることも「ごめんもう一回言ってくれる?」みたいに。周りの韓国人とか中国人とかの学生は、まあはっきり言ったら、私より全然英語できないのよ。そういう風に環境が違っただけで、自分の中の心持ちっていうのが全然変わって、私しゃべれる、とか、楽しい、とか、先生ともっとしゃべりたいって思うようになって、しゃべれるようになった。それがあったから、それでワンクッションおいて日本に帰って来たから、まだ、英語での落ち込みっていうのは少なくて済んだのかも。これでも。
T:マニラから真っ直ぐ帰国していたら、すごい落ち込んでたんだろうな。私なんか何にもできないわ、英語もしゃべれないし、みたいな。私ってそれなりにはコミュニケーションはとれるんだなくらいのことは確認して、ちょっと自信付けて帰ってきて。でもまだ全然勉強が必要なのは知ってるし、ビジネスができるほどではないっていうのは痛いほど分かっているから勉強は続けているんだけど。とにかく、その語学学校には行ってよかったと思っています。楽しかった。

M周りと相対化した時に自分がどうかっていうのはすごい大事かもしれないですね。
T:うん、すごいあると思うな。周りがすごく優秀だ、って思うと落ち込んじゃうし、はっきり言って、周りから見て私ってまだ優秀な立場なんだ、って思ったら、さらに頑張ろうって思えるし。がんばろう、もっともっと頑張って先生に認めてもらおうって思えた。マニラは全く逆だった。なんとか波風立てないように、みんなの迷惑かけない程度にって思ってて。

M:英語力は身についたというか、しゃべることに関して英語は何が進歩したと思いますか。
T:「インターンシップの経験の中で」ってこと?フィリピン滞在全体を通してだったら語学学校行ったから、楽しく帰って来たけど、インターンだけだったら、リスニングくらいしか伸びなかったかもしれないです。まあ、頭の回転は良くなったかもしれないけどね。
M:あ、ただインターンシップは事業を行うことですが、その海外インターンシップという一つのくくりの中で考えると、その海外行ったこと全般で考えちゃって大丈夫なので。
T:そうですか、そうですね英会話だけだったら、自分が日本語から英語にね、変換するまでの時間が最初かかるんだよね、慣れてないから。それが改善したと思いますね。早くなるよね、自然と。言い回しも、なんて言えばいいのかなってのも覚えてくるし、そうですね。


M異文化理解、フィリピンの文化理解っていうのはありました?
T:ありました、ありました。それが一番気になったから、フィリピン人ってどう考えてるのっていうのとか、フィリピンの文化についてもっと教えてほしいっていう風に尋ねまくって、私は。マニラにいる時からだったんだけど、はっきり言って私は多国籍の優秀な人の中にいるよりはフィリピン人と遊んでた方が楽しかった人なの。なかなかね、ほんとにわたし、ノっちゃう。入りがいいとそのままで行けちゃうんだけど、最初すごい萎縮しちゃうとそのままで行っちゃうから、結構コミュニティによって性格違う人なのかもしれない。
M:その気持ちわかります、私も割とそういう気があるので
Tそれでもうなんか挽回ができなくて、なかなか素の自分が出せないっていうか、結局黙ってにこにこしてればいいみたいななっちゃって、それがすごい嫌だったんだ。フィリピン人の人でもそういう相手はいたんだけど、でも基本的に向こうからしたら、日本から来てくれた人、みたいな感じで接してくれるから、すごく優しいし、フィリピン人って見た目もアジア人だからね、親しみやすいし。一般的にあの国の人たちってすごいフレンドリーっていわれてるから、すごく話しやすくって。多国籍集団の中でいるときは、精神的に疲れてるなって思ってる時に、現地のアイセッカー(フィリピン大学のAIESECの学生)から食事しようぜみたいなこと言われて。他の人たちは、いいよ別にあいつらとしゃべってもつまんねーしさお酒とかも少ないしなんかねー、みたいに言うんだけど、私はぜんぜん、私行ってくるわ!って言って、もうすごいしゃべってきた。そうだな、やっぱり現地のアイセッカーっていうか現地の人たちと仲良くなれるっていうのはほんとに楽しかった。


M:あとは日本文化、日本についてより深く知ったっていうことはありますか。
T:日本についてより深く知った、まあ大きく分けて二つなのかな、あ、三つ。ひとつはまあビジネス、ソニーとサムスンの立ち位置みたいな感じかな、ソニーかサムスンだけどサムスンよりかLGの方が全然売れてるよね、みたいな、あやっぱりそうなんだ、っていうやっぱり韓国と比べることが多かったな、ビジネスで言うと。今も韓流ブームって来てるけど、あのやり方なんだよね、韓国って。もう東南アジア、インド、もそうなんだけど、まず文化から行くんだよね、ポップスター使って。で、「韓国ってなんか面白い国、きらびやかだし、韓国人きれい」、みたいな。「韓国好き」っていう気持ちが高まってるのね、あのひとたち、すでに。日本も昔から好きだったんだけど、新しい物好きだし、若い子たちは。まあ魅力あるしね、少女時代とかいいと思うし。あとねもう一つ、日本人があんまりフィリピンに行かないのよ。韓国人の方が全然多いのね、日本人より。タクシーのおじさんが言ってた。日本の方が韓国より全然人口多いはずなんだけどそりゃ。街を歩いていても「あんにょんはせよ」しか言われないから。あまりにも「あんにょんはせよ」言われるから、「あんにょん」って返していたけど。韓流ドラマがテレビで流れてるんだよね。日本のさあ、お昼にも流れてるじゃん、あんな感じでやってて。あと音楽も入ってるから、この顔見たら韓国と思え、みたいな。この顔っていうかこういう系ね。肌があの人たちよりは白くって、日本人か中国人か韓国人だったらもう韓国人だ、みたいな。それ感じて、世界で、っていうかフィリピン人から見たら日本人ってそのくらいなんだって、日本ってそのくらいになっちゃったんだなって。韓国人と比べたら、日本か韓国かって言ったらやっぱり親しみのある方選ぶじゃん、例えば日本人は、まず子供のころとかに、外国人を見たらアメリカ人て言うじゃん、外国っていったらアメリカみたいなね。

T:で、もう一つ、若い子に日本って聞くと、アニメや漫画って出てくる。すごい日本の強みなんだなって思う。やっぱこれを活かさずしてどうする、みたいなね、意外とね、政府は、それなりにもう頑張ってはいるのかなって思うんだけど。それは唯一無二のものだから、韓国にもまだ真似できないものだと思うし。まあ追いつかれるかもしれないけど、アニメの文化に関してはもっともっと頑張ったほうがいいなと思った。

T:もうひとつ、歴史。第二次世界大戦とかあるじゃないですか。だからまずコレヒドール島っていうところに行ったんだけど、そこは日本人が何千人死んだっていう、日本人から見たらね、そういう島に行ったんだけど、むこうからしたら、侵略者としての日本人がフィリピン側のアメリカ人とドンパチやって、とりあえず勝った、っていう位置づけじゃん。フィリピン人からしたら、そういう感じの展示物とかいっぱいあって、あー、って考えたよね。
T:ただやっぱり、東南アジア人から見ると、第二次世界大戦において日本人は侵略者なんだよね。現地の農民とかを虐殺とかもしてるし、そういう絵とかすごいあって、すごいショックだったし、そういうひどいことしたんだなって。日本人だから日本兵に対して同情もあるけど、外国人からしてみたらすごい残酷で残虐な奴らだったんだなって。そういうことも忘れちゃいけないけど、現地の人に直接聞くと、私に気を使ってるのかもしれないけど、まあ昔のことじゃん、関係ないじゃんって言ってくれるんだけど、うーんなるほどなって思った。日本人である私からしてみたら悪意のある展示物だったけど、でもフィリピン人からしてみたらあの視点が普通なのかなって思った。日本人が悪者に描かれているけど、そりゃあそういうもんだろうなって思った。特にね、そういうところは昔といえどもまだ6070年くらいしかたってないから、そういうイメージなんだろうなって、日本人は。その三つでした。


M:わかりました。最後、考え方が違うことで、多国籍の仲間と一緒にやるのが超難しかったみたいなのは。
T:大きなことはなかったけど、アジア人とヨーロッパ人っていうのでどうしても分かれて、別行動しちゃうっていうか、
M: あ、ブログにありましたね。
T:私たちのインターンって、毎日何時から何時までこれしなさいっていうんじゃなくて、この期間でこれやっといてね、って普段の行動がすごいゆるかったから、なんとなく同じような人たちばっかりで行動しがちだったのね。「今ヨーロッパ人何やってるの?」「知らない」みたいな。こんなのが続くと、チームとしてのまとまりみたいなのはなくなっちゃうから、やっぱり由々しき問題だったなって思う。仲のいい人と一緒にいるっていうのは楽だし、楽しいから、特に責める必要はないのかもしれないけど、あまり顕著になるとね。5週間とか6週間しか一緒にいない人たちなのに、やっぱり仕事に支障をきたすなーとか。


M:だいたい、これで私が聞きたいことは結構聞けたかなと。
T:大丈夫でしたか。
M:はい。なにか、最後ありますか?
T:そうだね、仕事においては、自分からこれをしたいやりたいやろうって、何かを実現して結果に残せたまでには至らなかったので、次回、次回のインターンシップが何週間になるかわからないんだけど、ほんとにできるだけ初期っていわれる段階、一週間目二週間目くらいでできるだけ多くの問題を洗い出して、行動に移して、一つでも多くの結果を残していきたいなと思ってます。気づいた時にはもう遅かったっていうのが多くて。
M:プログラム化されてたっていうのはありますかね、1つは。要因として。
T:プログラム化されていた?
M:ああ、毎年受け入れされているような機関で、きちきちと。
T:そうでもないと思うな。確かにこの日は何をやって、みたいに動きづらかった部分もあったけど、
M:やっていることとしては、日本で、フィリピンに行く前に想定していたものとの差異っていうのはなかったですか。
T:いや、あった。
M:あ、ありました?
Tビジネスのサポートをする活動をメインに頑張るのかなって思ってたけど、毎週水曜日は違うボランティアに行って、とか木曜日はクラスルームレクチャーやって、土日はちょっとイベントに参加してちょうだい、とかっていわれたりとか。その学校に振り回されてた、っていう言い方はしたくないんだけど、それにすごく学ばされてた部分もあったから。ただ、その、一つのことにゆっくり集中はできなかったかもしれないね。その過程のことをやろうと思ってても、水曜日じゃこっち行かないといけないし、ただもしビジネスサポート活動(ホームステイ)が週5とかだったら、確かにもっと色んなことができたかなとは思う。5,6週間あるといっても、いろんなことをやりすぎてたから、それぞれに関われる時間が、確かに少なかったかも。
M:本来はビジネス関係のことを
T:やりたかった。


M何か今につながっていることってありますか。意識でも、ものでも、人でも。
T人はまだ全然つながってますね。つながってない人はつながってないんだけど、結構仲いい人はいて、まあ今年も来月から、一か月遊びに行くんだけど、マニラでは当時友達になった人の家に泊めてもらって宿泊費浮かせる気満々で。ビーチにも行こうねって言ってるし。私、フィリピン人大好きだから。意識は、英語での挫折はある意味ね、得たものだからそれは続けてるし勉強を今でも。謙虚に続けてるし。
T:あとはなんだろうな、さらに明るくなれたのかなとは思う。どうにかなるさじゃないけどどうにかしてやるぜ、みたいな、ガッツみたいなのは、逆に反動で着いたかもしれない。帰ってきて悔しかったなーっていう気持ちとか。まあ語学学校でちょっと盛り返したこともあったから。次こそはやってやるみたいな、リベンジの闘志は静かに燃えている、めらめらと。
M:なるほど。ありがとうございました。
T:ありがとうございました。

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